(注)ヘルスケアセクターのETFについて概要的な情報を取りたい方は前半部分、少し詳しく知りたい方はその先も読み進めていただければと思います。
はじめに
ヘルスケアセクターは世界で850兆円、数年後には1000兆円の市場を持つ大規模かつ成長性の高いセクターです。人口増加と高齢化を追い風に2010年代はITセクターに次いで成長し、10年間でS&P500の約2倍のパフォーマンスがありました。暴落や下落局面でも影響が少なく安心して投資することができる分野とも言えます。
しかし高い付加価値を生み出す新たな医薬品や医療機器の開発は年々困難になっており、特許切れや新規製品の開発失敗などにより企業業績に大きなダメージを与える可能性があります。
そのため個別銘柄に投資するのはハイリターンを狙える半面、今後はより一層リスクが高くなると言えます。
例えば2010年代は多くのヘルスケア企業が横ばいで推移する中、相次ぐ特許切れなどでPfizer(ファイザー,PFE)やMerk(メルク,MRK)はピークの1/3程度まで株価を下げています。一方でバイオ医薬品のGilead Scinces(ギリアド,GILD)は2010年代前半に大きく株価を伸ばしましたが、後半になると他の銘柄が大きく伸ばす中、大きく落ち込んでいます。
各社のパイプラインに精通し豊富な医学知識のもと個別銘柄を選定できれば良いですが、それができない場合はリスク分散のためヘルスケア関連のETFで分散投資を行うのが良いかもしれません。おそらくプロでも難しいかと思います。
JNJも安定的に株価を上げていますが、いつPfizerやMerkのように反転するかは分かりません。
前置きが長くなりましたが、人口増加と高齢化でヘルスケア市場自体がが拡大するのはほぼ間違いないと思いますので、その成長を享受するためにもセクター内で分散できるETFを見ていきましょう。
ヘルスケアセクターの概要やトレンドに関しては下の記事でまとめていますのでぜひご参照下さい。
- はじめに
- 米国ヘルスケアセクターETF5選
- 各ETF紹介
- まとめ
米国ヘルスケアセクターETF5選
米国で上市されている50以上あるヘルスケアセクターETFのうち資産規模が大きい5銘柄をピックアップしました。セクター全体が2銘柄、バイオテクノロジーが2銘柄、医療機器(ヘルスケア機器)が1銘柄です。
主な情報は下記表の通りです。
(注)XLVとVHTはSBI証券など国内証券口座で購入可能ですが、その他の銘柄は確認できませんでした。購入するためにはサクソバンク証券や海外の証券口座を開く必要があります。その場合は確定申告など手間がかかりますのでご留意下さい。
比較
これらをこの銘柄の中と僕の主観で相対評価すると下記チャートのようになります。指数の成長は過去5年間のみで評価しています。
配当利回りはXLV(Vanguardのヘルスケアセクター全体ETF)が最も高く、過去5年間の成長はIHI(医療機器ETF)が最も高くなっています。
バイオテクノロジー分野であるIBBとXBIは配当利回りが最も低い部類で、過去5年間の成長性にも乏しい結果となっています。
経費率は総合系のXLVや VHTが0.1%前後とかなり安くなっており、医療機器のIHIやバイオテクノロジーのIBB、XBIは0.4%程度と比較的高くなっています。
過去5年間のチャートは下記の通りです。
ラインの色はXLV、IHI、IBB、XBIです。
S&P500全体に連動するETFのVOOを大きく上回ったのはIHIのみでした。
*XLVとVHTはほぼ同じ変動だったのでXLVで作成しています。
過去10年間のチャートは下記の通りです。
ラインの色はXLV、IHI、IBB、XBIです。
暴落時の特徴
2020年1月下旬から4月下旬までのチャートが下記の通りです。
ラインの色はVOO、IHI、VHT、IBBです。
どの銘柄もコロナショックの影響を受けて同様に下落していますが、一度底を付けてからはVOOと違い停滞することなく回復しているのが分かります。
IHIはほぼ下落せずにその後指数を伸ばしています。
ヘルスケアセクターETFは概ね暴落時に下落しないということはできませんが、その後の回復は全体や他のセクターと比べて早いと言うことはできると思います。
各ETF紹介
それでは個別銘柄を詳しく見ていきましょう。
XLV (Health Care Select Sector SPDR Fund, NYSE)
ヘルスケアセクターの王道ETF?!迷ったらこれを買おう
特徴
サブグループのETFではないので医薬品、バイオテクノロジー、医療機器の企業に幅広く分散投資することが可能です。VHTと比べて組入銘柄は少ないですが、上位組入銘柄の比重が大きいので同様のパフォーマンスが期待できます。SBI証券など国内証券会社の口座で購入することが可能です。
パフォーマンスと配当利回り
この5年間のパフォーマンスは40%以上あり高い成長性がありますが、S&P500連動ETFのVOOとあまり差はありません。ただし10年や20年と長い範囲で見るとVOOのパフォーマンスを大きく上回っています。配当利回りはこの中で最も高く配当を重視する投資家にとってはベストなETFかもしれません。
経費率
経費率は0.13%とVOOなどと比べると高くなってはいますが、ヘルスケアセクターETF全体の経費率が0.4%以上ありますので格安と言えます。
組入銘柄
ヘルスケアセクターに幅広く分散されており、組入銘柄はJNJが最大で11.01%となっています。組入率が大きいので過去20年の長期で見るとJNJと近しい騰落をたどりますが、過去10年だとJNJを大きく上回っていたりと解離することがあります。
まとめ
パフォーマンス、高配当利回り、低経費率と3拍子揃っておりヘルスケアセクターに投資予定で迷ったらこのETFで良いと思います。ただしJNJの組み入れ率が高いので個別にJNJに投資している人にはJNJの比重が高くことになります。
VHT (Vanguard Health Care Index Fund, NYSE)
ヘルスケアセクターへのより広い分散
VHTはVanguardが運用しているETFで資産規模はXLVの半分程度、構成銘柄・パフォーマンスは大きく変わりませんが、銘柄数が382とXLVの6倍以上となっています。
特徴
サブグループのETFではないので医薬品、バイオテクノロジー、医療機器の企業に幅広く分散投資することが可能です。XLVよりさらに多くの銘柄に分散させることができます。SBI証券など国内証券会社の口座で購入可能です。
パフォーマンスと配当利回り
この5年間のパフォーマンスはXLVと同様に高いです。さらに長期間で評価するとVHTが運用開始された2004年からの比較ではXLVを50%程度上回っています。おそらくXLVには組み入れられていない組入れ低位銘柄のパフォーマンスに違いがあったと考えられます。
しかし配当利回りはXLVよりも1%程度低く(20年4月時点)劣っています。配当利回りを評価するのであればXLVを選ぶべきです。
経費率
経費率は0.10%と最も低いです。ヘルスケア全体ETFであるXLVと比べて優位性があるのはこの点だけになるかもしれません。ただしその差は0.03%であり、配当利回りのさらに大きな違いを考えると小さな差です。
組入銘柄
組入銘柄はJNJが最大で9.38%です。XLVよりも銘柄は分散されているため上位銘柄の組入率は2%弱低くなっています。比重の大きな上位銘柄はXLVと差はほとんどありません。
まとめ
XLVと非常に似た特性を持つVHTですが、その優位性は300銘柄以上への分散にある可能性があります。そのような小規模な銘柄も含めてよりヘルスケア全体に分散させたい、組み入れ上位銘柄(特にJNJなど)にすでに投資をしている人などにはXLVよりもVHTが適しているかもしれません。配当よりもキャピタルゲインを重視する方に向いているとも言えます。ただし今までのパフォーマンスは過去のものであり、今後も継続するかは不明です。長期的にはXLVと近似する傾向もあります。
IBB (iShares Nasdaq Biotechnology ETF, NASDAQ)
特徴
米国のバイオテクノロジー企業に分散投資することができるETFです。
バイオテクノロジーというのは遺伝子操作など生物学的な手法によって医薬品を開発する技術のことを言います。その効果は高く副作用も少ない医薬品が多いため1990年代以降盛り上がりを見せました。30代以上ならエイズは怖い病気というイメージがあるかもしれませんが、最近はあまり耳にしなくないですか?かつてQUEENのフレディを死なせたエイズは、バイオ医薬品によって「恐ろしい病」から「薬を飲めば抑え込める鬱陶しい病気」レベルに格下げされています。この他にもC型肝炎の治療薬や抗がん剤(オプジーボなど)革新的な医薬品が多く誕生し医療の常識を変えてきた領域です。
ただし効果が高いことが逆にあだとなり、生涯服用し続ける医薬品のように長期間収益が見込めないというデメリットもあります。また開発は難しく、市場競争は激戦化しておりバイオベンチャーや競合のM&A戦略が大きく影響するという読みにくい側面もあります。
だからこそ分散投資したいというニーズを満たすことができるETFです。
パフォーマンスと配当利回り
2010年代前半に大きく成長し、過去19年間のパフォーマンスは400%弱ありました。しかしその後は停滞しているため今後また成長曲線を安定的に示すかは読みにくいです。バイオ医薬品市場や組み入れ銘柄のパイプラインに期待できるようであればチャンスではあるかもしれません。
配当利回りは0.21%と低いです。利益は研究開発や買収戦略に回すという業界構造によるものかもしれません。
経費率
0.47%と今回まとめたETFの中では最も高いです。配当も低いので人によっては選びにくいETFだと思います。
組入銘柄
新型コロナウイルスへの治療薬としてレムデシビルを保有する企業として一躍有名になったGilead Sciencesの組み入れ割合が9.54%と最も多くなっています。このあと紹介するXBIと比べると組み入れ銘柄は多い一方で上位組み入れ銘柄の保有率は高い傾向があります。これら組み入れ上位銘柄のパフォーマンスに左右されやすいのでそれらの銘柄の動向に注視が必要かと思います。
まとめ
長期的にみるとヘルスケアセクター全体(VHT)と比較して高いパフォーマンスを示しました。しかしこの差を生んだのは2010年代前半の5年間であり、その後に差は詰められています。当時はバイオテクノロジー系製薬会社が主にバイオ医薬品の開発を主に行っており優位性がありましたが、その後メガファーマが開発や買収などに積極的に乗り出し市場競争が激しくなったためと考えています。
ただし今後、医薬品市場は2022年まで平均6.9%のスピードで拡大し医療用医薬品におけるバイオ医薬品の比率も今まで以上に高まっていくと推定されていますので、その成長性や組み入れ企業のパイプラインに期待できるようであれば投資する価値はあると思います。
一方でバイオ医薬品は高額化する傾向があり、医療材料へのコストダウン圧力が今以上に厳しくなると業績に影を落とすかもしれません。日本のように国が薬価を決める国も多く、米国もトランプ大統領が医療コストの削減を明言しています。実際に高額なバイオ医薬品がこの様な圧力に負けて価格を下げた実例もあります。日本でも小野薬品工業のオプジーボが問題になったのも記憶に新しいと思います。
また、新型コロナウイルスで盛り上がっているからと言ってうかつにバイオテクノロジー分野に手を出すのはリスクがあります。開発が失敗したり、コロナが早期に収束する(個人的には望ましいですが)することなどにより株価を下げる可能性があります。
バイオテクノロジーセクターにはこのような開発状況や政策、副作用の発生などにより状況が急変するという市場特性やリスクを踏まえて投資する必要があるかと思います。
IHI (iShares U.S. Medical Devices ETF, NYSE)
医薬品よりも高成長期待?分散は不十分?
特徴
成長著しい医療機器企業に分散することができるETFです。
医療機器とは
このETFに含まれる医療機器とは病院で使用される検査機器、診断機器や治療機器など専門的な診療に必要不可欠で高額・高収益な製品が主になります。「早期発見」を可能にし、患者の体に優しい「低侵襲」な治療、即ち高度な医療を実現するデバイスが求められているのがトレンドです。
医薬品が内科的に疾患を治療するのに対し、医療機器は外科的に病変部を取り除いたり再建したりといった違いもあります。
JNJはセクターでは医薬品に分類されていますが医療機器の売り上げと存在感も高く、冠動脈のステント治療デバイスや内視鏡治療デバイスなどの低侵襲治療製品で成長した企業でもあります。下記が世界売上げの上位企業です。
パフォーマンスと配当利回り
過去のパフォーマンス特に2010年代後半を見ると大きく成長し過去5年間で100%以上とヘルスケアセクターをけん引してきました。配当利回りは0.35%と高くはありません。
経費率
経費率は0.43%と今回の銘柄の中では高めになっています。
組入銘柄
組入数は60弱ありますが、Thermo Fisher Scientific(TMO)、Abbott Laboralories(ABT)、Medtronic(MDT)で資産の40%弱を占めており、これらの成長が全体を大きく牽引しました。とくにTMOの成長は著しく10年間で株価は7倍程度になっています。
TMOは世界最大の科学機器・試薬・科学サービス企業です。今回の新型コロナ関連で言えばPCR検査、ワクチン開発のための遺伝子合成などのサービスを行っておりドンピシャ銘柄と言えます。診断や医薬品の開発に必要なテクノジーを持っており、ヘルスケアセクターの成長のためには不可欠な企業です。
ABTは医薬品・診断機器・自動分析器・治療機器など多彩なラインナップを持つ総合的なヘルスケア企業です。2017年に同業St. Jude Medical社を買収し心臓外科領域のラインナップを手にしました。10年間で4倍程度株価を伸ばしています。
MDTは心疾患・整形外科領域・消化器外科領域など主に慢性疾患に対する治療機器を取りそろえる総合的な医療機器会社です。2015年に競合大手のCovidienを買収し医療機器企業としてのの売上は世界No .1となっています。
IHIは過去の成長がものすごかった半面、これら上位少数銘柄のパフォーマンスが下がれば全体にも悪影響を与える可能性が高くなりますのでリスクを考慮した投資が必要になります。
まとめ
あまり注目されることのない医療機器分野のETFですが、過去のパフォーマンスは非常に高く、医薬品と同様かそれ以上に市場拡大が期待できる一方、コストダウン圧力は医薬品と比べ低いと想定されるので今後も期待できるかもしれません。ただし上位銘柄の比重が大きいのでリスクも大きくなると思いますのでそれを承知で高いパフォーマンスを期待できるかと思います。またJNJを保有しており、もう少しヘルスケアセクターに分散させたいがJNJが割高で買いづらいといった人にもお勧めかもしれません。
XBI (SPDR S&P Biotech ETF, NYSE)
特徴
IBBと同様に米国バイオテクノロジー領域に投資できるETFです。
前々項IBBでバイオ医薬品について触れているのでIBBとの比較に重きを置いて纏めます。
パフォーマンスと配当利回り
直近5年間のパフォーマンスではVHTなどと比べ低いですが、同じバイオテクノロジーETFのIBBを上回っています。しかし長期で見るとそこまで大きな違いはありません。
経費率
経費率は0.35%とIBBよりも0.1%程度安くなっています。しかし配当は0となっていますのでコストと配当を合わせて評価するとIBBに劣ります。
組入銘柄
MRNAの組み入れ比率が高く、IBBで最も多かったGILDの比率が低いのが特徴です。MRNAは2010年創立と歴史の浅いバイオベンチャーですが「MRNA」というシンボルにも表れるようにmRNAを用いた創薬に優位性を持ちます。今回の新型コロナウイルスの治療薬の開発にも期待されて短期間に約2.5倍と株価を大きく上げています。
https://www.modernatx.com/modernas-work-potential-vaccine-against-covid-19
組み入れ銘柄数はIBBの半数程度と少ないですが組み入れ上位銘柄の比率が3~2%台と低く分散されていると考えられます。
ヘルスケア、特にバイオ医薬品はどこのファームが大当たりするかは予見するのが難しいです。一般的にはパイプラインが多ければ承認を受ける医薬品も多くなりますが、その中でも大きな価値を生むかどうかは臨床で使われて評価されてみないと分からない場合が多いからです。
まとめ
パフォーマンスはIBBよりも高い可能性はありますが、経費率の高さ、配当がないという点でIBBが好まれる場合もあると思います。その他バイオテクノロジーETFに投資するメリット・デメリットは前々項のIBBと同様だと思います。
まとめ
一部を除きヘルスケアセクターETFは過去5年間を見るとVOO(S&P500)を大きく上回っていたわけではありません。
しかし、今後経済が長期的に低迷すると仮定する場合、ヘルスケアセクターは相対的に高いパフォーマンスを期待することができるかもしれません。ITセクターの様な爆発力は期待できませんが、今の様な先行きが不透明な時期において「不要不急」度はITよりも勝っており景気に左右されない投資先として適しています。
過去5年間のパフォーマンスを比較するとセクター全体やバイオテクノロジーよりも医療機器が大きく成長したことが分かります。これには様々な要因があると思いますが、医薬品市場に比べてまだアンメットニーズが多く存在し、成長余白が大きいためではないでしょうか。世界市場規模が医薬品よりも大きくないのでコストダウン圧力がかかりにくいという特性もあるかもしれません。関心がある方はぜひ投資してみてはいかがでしょうか。
ただし、繰り返しにはなりますが、
(注)XLVとVHTはSBI証券など国内証券口座で購入可能ですが、その他の銘柄は確認できませんでした。購入するためにはサクソバンク証券や海外の証券口座を開く必要があります。その場合は確定申告など手間がかかりますのでご留意下さい。
最後までお付き合いありがとうございました。